【失敗談】1棟アパート8年・授業料500万円|売ると決めてからも、お金は出ていきました

おかねの設計

この記事を書く理由

僕には、発語のない息子がいます。リョウ、8歳。
僕にとって一番大事な資産は、お金ではなく、リョウとメグと過ごす時間です。

その時間を、8年半にわたって削り続けたものがあります。
中古の1棟アパートです。今年の1月に手放しました。

授業料は、ざっくりマイナス500万円。

「不動産投資」で検索すると、いい記事がたくさん出てきます。
始め方。利回りの計算。物件の選び方。
僕も買う前に、何冊も読みました。

ただ、うまくいかなかった話は、あまり見当たりません。
うまくいった人には、書く理由があります。売りたいものがあるからです。
うまくいかなかった人には、書く理由がありません。恥ずかしいだけだからです。

だから僕が書きます。

先に時系列だけ。

  • 2017年7月:アパートを買う
  • 2020年ごろ:お金の勉強を始める
  • 2026年1月:売却(決済)

そして先に書いておきますが、僕は今も戸建てで賃貸業を続けています。
やめたわけではありません。不動産を否定する気もありません。

それでも、一番言いたいことは1行です。

不動産投資は、素人が丸腰で入っていい場所ではありません。

勝ち筋はあります。後半で書きます。
でもそれは、準備した人の話です。買った当時の僕のような人間の話ではありません。


「不動産所得 = 不労所得」だと思っていました

この物件を買った2017年、僕は誰にも相談しませんでした。
情報源は、本を数冊。それだけで、自分から業者に電話をかけました。

当時の僕の頭の中は、単純にこうでした。

不動産所得 = 不労所得

今書いていて恥ずかしいのですが、完全に勘違いしていました。この2つは、まったくの別物です。

だまされた話ではありません。僕が自分から電話をかけて、自分の足で行きました。

条件はこうでした。

  • 1棟6部屋+駐車場2台の中古アパート
  • 表面利回り10%
  • 購入価格 4,000万円
  • 35年ローン、金利4.5%(数年後に交渉して3.7%まで下げました)

利回り10%という数字だけを見ていました。
金利4.5%で35年借りるということの意味を、まるで分かっていませんでした。

貸してくれたのは、1行だけでした

融資は、地方銀行も信用金庫も全部ダメでした。
理由ははっきりしていて、僕が小売の店舗勤務だったからです。

そんな中で、1行だけ貸してくれた銀行がありました。
その銀行は数年後、まったく別の件で全国的に報道されることになります。名前は書きません。

当時の僕は「貸してくれてありがたい」としか思っていませんでした。
なぜ他が全部断った案件に、そこだけが貸してくれたのか。一度も考えませんでした。そこが素人です。

しかも、警告されていました。

契約の少し前、別の不動産会社の営業の方に「この物件を買うことになった」と報告しています。
返ってきたのは祝福ではなく、1棟目でそこを使うのはもったいない、という趣旨の返信でした。

それに対して僕が返したメールが、そのまま残っています。

一棟目にそこは勿体無いのは重々承知なのですが…
小売の店勤務だと、どこも融資が引っかからなかったのです>_<

「重々承知」と書いています。何も承知していませんでした。顔文字まで付いている。

そしてこの直後、同じメールでこう続けています。

そんな僕にもまだ融資出来そうな物件探し中です。
また連絡お待ちしております!

警告された直後に、次の物件を探しているんです。

プロが目の前でブレーキを踏んでくれているのに、僕はそれを「仕方がない事情」で受け流して、アクセルの話に戻している。

素人が危ないのは、知識がないからではありません。
警告を受け取れないからです。

業者から見れば、本を数冊読んだ人間はちょっと力の強いカモでしかありません。
少し暴れるだけで、カモはカモです。猛禽類には、絶対に勝てない。


妻が連帯保証人になると知ったのは、決済の日でした

融資の審査が進んでいた2か月ほど前から、妻の書類を出していました。
免許証。保険証。経歴書。所得の証明も、夫婦2年分。

何のための書類なのか、「審査のためです」としか聞いていませんでした。
僕はそれで納得して、言われるまま集めて、言われるまま出していました。

そして決済の日。そこではじめて、「連帯保証人」という言葉を聞きました。

妻が、僕の借金の連帯保証人になる。
2か月かけて集めていたあの書類は、そのための書類だったんです。

連帯保証人は、ふつうの保証人とは違います。
僕が払えなくなったとき、妻は僕と同じ順番で、同じ金額を請求される立場になります。「まず夫に請求してください」と言う権利すらありません。

4,000万円。その重さが、そのまま妻の名前にも乗る。
その意味を、僕はその日その場で理解しました。

決済の日です。物件を買う流れはもう完全に出来上がっていて、そこで「じゃあやめます」と言える人間が、どれだけいるんだろうと今でも思います。

妻は、僕のやることを応援してくれていました。だから、なってくれました。

正直に書きます。僕はこの件について、今でも腹が立っています。

不意打ちではないんです。むしろ逆で、2か月かけて書類を1枚ずつ出させて、断れない形ができあがってから、最後に本当の意味が出てくる。そういう進み方だったと、今は思っています。

もう終わった話です。恨んだところで1円にもなりません。
それでも、たまに思い出すと腹が立ちます。

そして、その怒りの半分は何も聞かずに書類を出し続けた自分に向いています。
僕の判断のツケを、妻の名前にまで背負わせてしまった。

出せと言われた書類が何のためのものか、その場で聞いてください。
家族を巻き込む判断だけは、絶対にその場でしないでください。

契約書と印鑑

最初の2か月は、うまくいっていました

買ってから2か月後。管理会社から、はじめての月次報告が届きました。

賃料につきましては経費差引後の残高 199,381円 を15日までにご送金させていただきます。

約20万円。何もしなくても、毎月20万円が入ってくる。
「不労所得」という言葉が、はじめて自分のものになった気がしました。

ただ、同じ報告書の中に、こういう一文も入っていました。

滞納分の賃料につきましては——

滞納。買って最初の報告書に、もう滞納している入居者がいたんです。

そして僕がその日返したメールが、これです。

月次報告、確認しました。引き続きよろしくお願い致します。

それだけでした。「滞納って、どういう状況ですか」と一言も聞いていません。
融資のときと、まったく同じことをやっています。

そして半年後、その部屋が空きます。

半年後、部屋が空きました

鍵を受け取って、中を見に行きました。

壁の穴

壁には穴が開いていました。壁紙は剥がれ、下地が見えています。
襖は破れ、窓ガラスにはヒビ。浴室のドアのレールは真っ黒でした。

浴室のドア

僕は食品スーパーで15年働いています。現場の汚れは見慣れているつもりでした。
それでもこの部屋の前に立ったときは、正直、しばらく声が出ませんでした。

「これを直して、また貸すのか」

そう思った瞬間に、「不労所得」という言葉が頭から消えました。

見積もり300万円が、150万円になった話

大手の管理会社から届いた修繕の見積もりは、300万円。
建物全体ではありません。さっきの写真の、あの1部屋の原状回復だけの金額です。

ここだけは、我ながらよくやったと思っています。その場でハンコを押さなかった。

近所の不動産屋さんに相談に行ったら、リフォーム会社を紹介してくれました。
そこで出てきた金額が、150万円。同じ部屋の、同じ原状回復です。

管理会社が悪いという話ではありません。間に会社が挟まるほど金額が積み上がるのは、どの業界でも同じです。
僕は食品スーパーで15年やっているので、問屋を1つ挟めば原価はその分だけ上がるのは体で分かる話でした。

問題は、管理会社から届いた紙の「300万円」を、確定した金額だと思い込んでいたことです。
あれは確定金額ではなく、1社の意見でした。

その場で返事をせず、他の1社に聞いた。それだけで150万円変わりました。
人生で一番割のいい仕事でした。


8年間、僕がやっていたこと

「不労所得」という言葉に一番違和感があるのが、ここです。

  • 空室が出るたびに、心臓が跳ねる
  • 修繕の見積もりを読んで、金額の妥当性を自分で判断する
  • 相見積もりを取るために、平日に時間を作って動く
  • 入居者のトラブルの連絡が、こちらの都合とは無関係に入る
  • 金利が上がるかもしれないニュースに、毎回反応してしまう
  • 出口が見えないまま、8年間ずっと頭の片隅で考え続ける
書類の山と電卓

これは労働です。というより、経営です。

そして僕の家には、リョウがいます。
言葉はありません。目を離せません。朝も夜も、手がかかります。

休みの日、リョウの横でスマホを開いて、修繕の見積もりを読んでいたことが何度もあります。
目の前に子どもがいるのに、頭の中はアパートにいる。

表面利回り10%は、その時間を差し出した対価でした。
今になって、ようやくそう思えます。


「借金なんてするな」に、ようやく名前がつきました

物件を買って3年ほど経ったころ、僕はお金の勉強を始めました。
YouTubeと、そこから入ったオンラインのコミュニティです。

そこで何度も聞いたのが、この言葉でした。

借金なんてするな。不動産は、不労所得じゃなくて苦労所得。

正直、最初は耳が痛いどころではありませんでした。
僕はすでに、4,000万円の借金を背負って、その真っ只中にいたわけです。

でも、この言葉を繰り返し聞いているうちに、ずっと言語化できずにいたモヤモヤに、はっきり名前がつきました。

僕がしんどいのは、物件が悪いからじゃない。借金が重いからだ。

金利4.5%、35年。空室が出れば、家賃がゼロでも返済だけは止まらない。
この構造そのものが、僕の生活を圧迫していた。

そこから、「売る」という選択肢を本気で考えるようになりました。
持ち続けて挽回するのではなく、降りるという発想です。

出口は、月5,500円で開きました

売ると決めても、そう簡単には売れません。
8年間、この物件をどうすればいいのか分からないまま持っていました。相談できる相手が、いなかったんです。

去年の6月、そのコミュニティの中で、不動産にくわしい方に有料の相談を申し込みました。
料金は月5,500円です。

申し込みに書いたのは、この2行だけでした。

・所有物件の退去者のリフォーム価格のアドバイス
・不動産の売却

資料を送って、2日後に返事が来ました。

まず、売り出し価格について。3,600万円は高い、と。
3,400万円で再スタートして、反響を見ながら徐々に下げていき、3,000万円までは覚悟したほうがいい。
修繕についても、売ると決めているなら、入居付けに響かないところは手を付けなくていい。

痛い。でも、はっきりしている。
8年間ひとりで悩んでいたことが、2日でひっくり返りました。

そして最後に、こう書いてありました。

「信頼している不動産屋を紹介しましょうか」

ここが出口でした。
実際の着地は3,100万円。言われた価格帯の、ど真ん中です。申し込みから引き渡しまで、7か月でした。

8年抜け出せなかったものが、月5,500円で動き出しました。
正直に書きます。もっと早く払えばよかった。


売ると決めた後も、お金は出ていきます

ここからは、あまり誰も書いていない話です。
当時のメールが全部残っていました。日付も、金額も、僕が実際に書いた文章も。
読み返して、正直ちょっとしんどかったです。

売ると決めた瞬間に、荷物が軽くなるわけではありません。
降りるにも、お金と時間がかかります。

管理会社に解約を伝えたのが、9月の末。
実際に鍵を渡したのは、その4か月後です。

その間に、何が起きたか。

10月。入居したばかりの部屋から、浴室についてクレームが入りました。
同じ月。別の2部屋で、エアコンの問題。交換に工事込みで12万円。
同じ月の末。和室の外側の柵が変形。修理代は5万円+税。

このとき、管理会社の担当の方がこう書いてきました。

片付けておいた方が良い気も致します。

プロが「直すな」と言っているわけです。もう売る物件に、5万円かけても回収できないからです。

正しい判断だと思います。頭では分かる。
でもそのとき僕が返したメールは、こうでした。

正直、売却の件もあるので、費用は掛けたくないですが、
オーナー責でやるべき所はやらなきゃ…とも考えていますが…
どうするのが良いでしょうか?

「…」が2回入っています。今読み返すと、情けないくらい迷っているのが分かります。

手放すと決めた物件に、いくら払うのが正解なのか。
これ、誰も教えてくれません。本にも書いていません。

室外機

12月。管理契約を年内で終わらせるつもりでしたが、終わりませんでした。

銀行の繰上げ返済の調整が上手く出来ず、1月にリスケとなってしまいました。

売買の日程は、自分だけでは決まりません。
買主がいて、買主の銀行があって、自分の銀行があって、管理会社があって、入居者がいます。

「売ると決めた」は、スタートの合図でしかありませんでした。

鍵を渡した後の、2週間分の電気代

決済が終わったのは、1月22日。

その後、まだ原状回復が終わっていない部屋がありました。普通なら、僕が払う話です。
ところが2月、その部屋の原状回復費を、買主さんが負担してくれることになった、と連絡が来ました。

8年の最後が、人に助けられて終わったのは、たぶん偶然ではありません。
そもそも出口を見つけてくれたのも、人でした。

話はもう少しだけ続きます。

3月になって、共用部の電気代がまだ僕の口座から落ちていることに気づきました。
名義変更がされていなかったんです。電力会社に電話すると、こう言われました。

解約すると、即座に電気が止まります。

共用部です。廊下と階段の電気です。
もう僕のものではない建物の、僕が1円ももらっていない建物の。

そこには、人が住んでいます。

遡って請求するつもりは全くありませんので、ご安心ください。
解約すると即座に電気が止まってしまうそうなので、3月14日までは私の契約と致しました。

たいした金額ではありません。2週間分の、廊下の電気代です。

ただ、これを書いたとき、僕はもうその物件とは何の関係もありませんでした。
家賃も入らない。資産でもない。損失だけが確定している。

それでも、廊下を真っ暗にはできなかったんです。

夕暮れの廊下

最終的な数字

  • 購入価格:4,000万円
  • 売却価格:3,100万円
  • 売却時のローン残債:3,000万円弱

残債を返して、諸経費を引いて、手元に残ったのはほぼゼロでした。
8年間、毎月返済を続けて、最後に残ったのがゼロ円です。

そこに8年分の修繕費を足していくと、だいたいマイナス500万円。
外壁の修繕に75万円。外壁塗装に35万円と40万円。給水ポンプの交換に99万円(10回払いでした)。最初の1部屋の原状回復に150万円。
並べると、500万円はすぐに埋まります。

「だいたい」と書いたのには理由があります。
正直に言うと、僕はまだ、この数字を正確に計算できていません。

いつか落ち着いたら、笑い話として1円単位で計算してもいいと思っています。
でも今はまだ、正面切って見られる精神状態じゃない。それが本音です。


勝ち筋はあります。僕の入り方が悪かっただけです

ここまで失敗の話ばかり書いてきたので、誤解のないように。

不動産賃貸業に勝ち筋があるのは、間違いありません。
僕のまわりにも、ちゃんと結果を出している方が何人もいます。
僕自身、今も戸建てで賃貸業を続けています。

じゃあ僕はなぜ負けたのか。8年考えて、答えははっきりしています。

勉強せずに、いきなり、大きく張ったからです。
本を数冊読んだだけの知識で、4,000万円を、金利4.5%・35年の借金で、1棟まるごと。

勝ち筋のある世界で、わざわざ一番負けやすい入り方をしていました。
負けたのは不動産のせいではなく、僕の入り方でした。

素人のまま入るのが危険なのであって、不動産が危険なのではない。

ただ、ひとつだけ補足させてください。
自分が素人かどうかは、自分では分かりません。

買った当時の僕は、本を数冊読んで、自分はちゃんと調べた側だと思っていました。
そう思っている時点で素人でした。

そして戸建てをやっている今も、正直「甘い」と思ったことは一度もありません。
借金の桁は変わりますが、客付けも、修繕も、入居者対応も、出口も、全部自分です。
どう考えても、これは事業です。

年7%が、どれだけ贅沢か

だから今、僕は株の話をするときの気持ちがまるで変わりました。

インデックスや高配当株の平均リターン年7%。
数字だけ見れば、表面利回り10%の物件のほうが上に見えます。当時の僕は、実際そう思って業者に電話をかけました。

でもこの10%と7%は、まったく別の生き物でした。

中古アパート(表面10%) 株式(平均7%)
空室 収入がゼロになる ない
突発費用 1部屋300万の見積もりが届く ない
借金 35年ローン・金利4.5% なし
連帯保証 家族を巻き込む ない
かかる手間 8年間ずっと考え続けた 何もしなくていい
売りたいとき 買い手を探すのに数か月〜数年 数秒
やめるとき 決めてから4か月、金も出ていく 数秒。それで終わり

何もしなくていい年7%。
これがどれだけ贅沢なことか、僕は500万円と8年を払って、ようやく分かりました。


これから始める方へ、7つだけ

繰り返しますが、やめておけと言いたいわけではありません。
同じ読み違えを、同じ入り方をしてほしくないだけです。

  1. 「不動産所得」と「不労所得」はまったくの別物です。 ここを混ぜたのが僕の敗因でした
  2. これは「副業」ではなく「事業」です。 数千万の借金を背負って始める事業だと、先に腹をくくってください
  3. その場でハンコを押さないでください。 持ち帰って1社に聞くだけで、150万変わることがあります
  4. 出せと言われた書類が何のためのものか、その場で聞いてください。 気づいたときには、断れない形ができあがっています
  5. 家族を巻き込む判断は、絶対にその場でしない。 これが僕の一番の後悔です
  6. ひとりで悩まず、お金を払って聞いてください。 8年抜け出せなかった僕を動かしたのは、月5,500円の相談でした
  7. 「やめ方」も先に調べてください。 降りるのに何か月かかって、その間にいくら出ていくのかを書いた記事は、ほとんどありません

降りてから、変わったこと

すでに借金を背負って苦しんでいる方へ。
「降りる」も立派な選択肢です。

僕は「損切り=負け」だと思って、何年も動けませんでした。
でも実際に降りてみたら、返ってきたのは500万円の損失と、それ以上の身軽さでした。

毎月の返済と、空室の不安と、出口の見えなさ。
これが頭から消えて、いちばん変わったのは、休みの日の過ごし方です。

リョウの横にいるとき、スマホを見なくなりました。
メグが「お父さん、見て」と言ったとき、ちゃんと見られるようになりました。

たったそれだけのことに、僕は8年半と500万円を払いました。
高い授業料でした。でも、払わなければ分からなかったのも、たぶん本当です。

猛禽類には勝てません。
でも、丸腰で猛禽類のいる空に飛び込まないことは、誰にでもできます。
飛び込んだあとでも、誰かに声をかけることはできます。僕は、それで抜け出せました。

空っぽの和室

同じところに立っている方がいたら、コメントで教えてください。
何年も止まっていた人間として、何か返せることがあるかもしれません。

コメント

タイトルとURLをコピーしました