進級3日目の涙と、立候補した9歳の話
――少し前、新学期が始まったばかりの春に書いて、下書きのまま眠っていた話です。読み返してみると、やっぱり残しておきたくなりました。
新学期が始まって3日目の金曜日。
その日の夜、わが家では兄妹それぞれが、「頑張った証」を見せてくれました。
一人は涙で。
もう一人は挑戦という形で。
お風呂上がりに突然泣き出した息子
夕食を終え、お風呂から上がったリョウが、突然泣き始めました。
理由を聞いても答えられません。
何かあったわけでもない。
怒っているわけでも、痛いわけでもない。
ただ、大きな声で泣いていました。
そのまま10分ほど泣き続け、気がつくと何事もなかったように笑っています。
自閉症のあるリョウは、気持ちを言葉にするのが得意ではありません。
新しい先生、新しい教室、新しい友達。
進級してからの3日間、きっと彼なりに一つひとつ受け止めながら過ごしてきたのでしょう。
その緊張が、安心できる家で一気にあふれたのだと思います。
「理由」を探すより、「そばにいる」
以前の僕なら、
「どうしたの?」
「何があったの?」
と理由を聞いていたかもしれません。
でも今は違います。
泣いている間は、何も聞きません。
ただ隣に座って、一緒にいます。
すると、不思議なくらい自分で落ち着いていくんです。
子どもは、答えたくないから黙っているのではありません。
まだ、自分でも気持ちを整理できていないことがある。
だからこそ、「なんで?」より、「大丈夫だよ」の空気を作ることのほうが大切なのだと、リョウが教えてくれました。
新学期は、大人が思う以上に疲れる
進級は、子どもにとって小さな出来事ではありません。
新しい教室。
新しい先生。
新しい友達。
新しいルール。
大人から見れば少しの変化でも、子どもにとっては世界が丸ごと入れ替わるような出来事です。
学校では一生懸命頑張っているからこそ、家では安心して崩れる。
だから家で泣くことは、悪いことではありません。
「この家なら泣いても大丈夫。」
そう思えている証拠なのかもしれません。
同じ日に、娘は手を挙げていました
その日の夜、メグがこんな話をしてくれました。
「今日ね、クラス委員に立候補した。」
思わず聞き返しました。
正直、少し意外だったんです。
4人が立候補し、一人ずつ前に出て、「私はこんなクラスにしたいです」と発表したそうです。
メグも、自分の言葉で話しました。
結果は、落選。
それでも僕が最初に伝えたのは、
「立候補したことが、一番すごい。」
という一言でした。
挑戦は、結果より経験が残る
社会に出ても、本当に大切なのは、「手を挙げられる人」だと思っています。
能力があるかどうかより、
「やってみます。」
と言える人は、何度でも成長できます。
メグは委員にはなれませんでした。
でも、人前で話し、結果を受け止めた経験は、きっと彼女の中に残ります。
あの日得たものは、「落選」という結果ではなく、「挑戦した記憶」でした。
その経験は、きっと次の一歩につながっていくはずです。
親にできることは、意外と少ない
リョウの涙を止めることはできません。
メグを当選させることもできません。
親にできるのは、
泣いたら隣にいること。
挑戦したら、その勇気を認めること。
それくらいです。
でも、その積み重ねが、子どもにとって「安心して帰ってこられる場所」や、「また挑戦してみよう」という気持ちにつながるのだと思います。
おわりに
あの日。
リョウは10分泣いて、笑いました。
メグは落選しても、
「また次もやってみる。」
と笑っていました。
兄妹それぞれ、違う形で新学期を乗り越えていました。
泣くことも、挑戦することも、どちらも成長の途中です。
親にできることは多くありません。
ただ、子どもが安心して泣ける場所でいること。
挑戦したことを、結果ではなく勇気として受け止めること。
その積み重ねが、いつか子どもたちの力になっていく。
子育ては、すぐに結果が出るものではありません。
だから今日も焦らず、一歩ずつ。


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